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中小企業買収、統合効果を高めるには

 DXに加えて働く人の士気を高める

2023年05月24日

社会・生活

研究員
下大迫 正孝

 日本経済を支えてきた中小企業が近年、厳しい選択を迫られている。創業オーナーの高齢化や後継者不足などで、事業継続のための売却(株式譲渡)や廃業などを余儀なくされるケースが少なくないのだ。また、大企業に比べると財務的な余裕がない中で、直近の経営課題として人的資本やDX(デジタル・トランスフォーメーション)投資への対応も求められている。今回、リコーが買収した中小企業の「その後」を知るため訪問し、経営統合の効果を高めるにはDX投資などに加え、働く人の士気を高めることの重要性を改めて実感した。

 地政学的な見地から工場の国内回帰が始まりつつある。人を大切にしてきた日本企業の強みを改めて振り返ってみる時期ではないだろうか。

技術力の高さに定評

 リコーが買収したエルエーシー社(東京都町田市、現リコーデジタルペインティング社)は1983年設立。独自の技術を駆使して、水平にインクを吐出できるデジタルペイント工作ロボットを製造・販売し、車体や航空機、ボンベなど印刷しにくい立体物へのプリントに使われている。買収直前の2018年6月期の売上高は7億1500万円、営業利益5000万円で、従業員47人を抱えていた。もともと技術力の高さには定評があり、2014年には経済産業省から、世界市場のニッチ分野で勝ち抜いている企業として、「グローバルニッチトップ企業100選」に選出されたこともある。

 そんな同社でも事業承継の問題が浮上し、創業オーナーは頭を悩ませていた。従業員の生活を守り、サプライヤーとしての供給責任を果たしたいという思いは抱いていたものの、「次」を託せる人材が社内に見当たらなかった。当時、2代目の社長を務めていたのは現技術顧問の村井秀世氏。創業メンバーで独自技術の生みの親でもある村井氏は「私はいい経営者ではなかったかもしれない」と率直に振り返る。譲渡前の数年間は、借り入れと返済の自転車操業に陥ってビジネスチャンスに投資ができず、経営が伸び悩んでいた時期でもあった。

大企業への警戒感

 創業オーナーが出した決断は、他社への売却だった。会社としての成長が見込めるほか、知的財産権を正当に評価し、従業員の雇用維持を確約してくれることを条件に、候補先数社をピックアップ、リコーもその一つに含まれていた。

 しかし、リコーを含めて、売却交渉は難航を極める。筆者が買収プロジェクトの一員としてPMO(Project Management Office)に参画したのは、プロジェクト体制やメンバー刷新など一度仕切り直したタイミングだった。会社を訪問すると、従業員の不安感払拭への強い要望を耳にするなど、大手企業に対する強い警戒感がうかがえた。

 考えてみれば無理もない。エルエーシー社の社名の由来は「Listen and Challenge」。そこには、顧客や取引先だけでなく、従業員の話にも耳を傾け、挑戦しようという創業の精神が込められている。従業員を大事にし、ひいてはそれが地域貢献につながるという創業オーナーの思いは、会社を売却するに当たっても譲れない一線だったのだろう。

 最終的に決め手となったのが、リコーの創業精神である「三愛精神」。「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という理念に加え、「技術開発に対する姿勢にも共感を覚えた」と村井氏は当時の思いを語る。リコー側にとっても、車体や航空機の塗装は未知の事業領域であったが、将来の成長戦略が描けると判断した。

重要なのは統合後、効果を引き出す経営力

 だが、本当に大変な仕事は統合後に待っていた。ただでさえ、会社が違えば内部統制や、会計基準、社内規定など事細かに違う。企業規模が違えば、その差はさらに大きい。筆者は財務・内部統制PMIチームリーダーとしてこうした違いを埋めるため、一つひとつ双方の理解を深めながら慎重に統一作業を進めていった。特にエルエーシー社の従業員に心理的な圧迫感を感じさせないよう細心の注意を払った。

 同時並行で大きな課題として浮上したのが、関連部署の人員配置と経理システムなどのITインフラ投資のバランスをどう取るかだった。中小企業に総じて共通するのは、人的リソースや資金力が限られていたり、組織・業務が分業化されていなかったりといった点だ。

 実際、エルエーシー社の経理、総務、人事に関する業務はすべて、当時の社長だった村井氏と担当者の戸倉真弓氏の2人が当たり、顧問契約していた税理士法人と社会保険労務士がサポートしていた。経理システムもなく、帳簿や請求書、納品書などの書類は紙でファイルに管理していた。月次決算時期ともなれば膨大な業務に追われていた。そこに経営統合に伴う作業が加わったわけだから、負担の重さは想像に難くない。

システム導入で不安感を払拭

 ただ、人数が足りないからといって単純に増やせばいいというものでもない。また、費用対効果を考えるとむやみにITインフラ投資で補うわけにもいかない。PMIチームで出した結論は、これまでの業務プロセスを徹底的に可視化した後、抜本的に見直すとともにデジタルツール導入などで効率化を図るというものだった。

 具体的には、人数を増やさずに、従来の税理士法人との顧問契約を継続し、同法人が導入実績のある市販会計ソフトを選択した。会計データは、同法人と共有し、リコー連結財務システムとコードで紐づけして移行することで、システム連携が可能となり、紙の帳簿、請求書を廃止。社内基準と比較して大幅なコスト抑制も図れた。

 当時、経理、総務、人事を切り盛りしていた戸倉氏は単に業務量の負荷だけでなく、「現金管理を任されているという心理的な負担が大きかった。システム導入や現金処理の廃止などで効率も上がり、不安感が払拭(ふっしょく)された」と統合による恩恵を口にする。現在では、顧問契約する税理士法人で実務経験を備え、中小企業会計の専門家である前原資彦氏が加わって、経理全般を見ている。業務やシステムにも熟知しているため、心強いようだ。

コロナ禍でも業績拡大

 今、リコーデジタルペインティング社を率いるのは、リコー出身で2021年7月に3代目の社長に就任した岩本尚久氏だ。今回、岩本氏に現在の経営状況などについても直接聞いた。気になっていたのは買収後の業績であり、伸び悩んでいるのであれば、PMIが本当の意味で成功したとは言い難いからだ。

 岩本氏によると、コロナ禍にもかかわらず売上高、利益ともに順調に拡大、2023年3月期は、過去最高を更新し、買収時の想定を大きく上回っている。その原動力となったのは二つの事業だ。

写真左からリコーデジタルペインティング社の前原資彦氏、岩本尚久社長、村井秀世技術顧問、戸倉真弓氏【2023年4月17日】(出所)筆者

 一つ目は、トラックやバスなどの車体に直接印刷する「オートボディペインティング事業」。主な販売先は運送会社だ。長さ13メートルの巨大なフレーム状のプリンターに車体を横付けし、ヘッドが動き回って、解像度にもよるが片面を約3時間で印刷する。主流である車体にフィルムを貼り付けるラッピング方式と比べると、作業効率が倍以上で材料費などを含むランニングコストも2分の1から3分の1に抑えることができるという。

写真車体に直接印刷できるオートボディプリンタ(出所)リコーデジタルペインティング

 600種類以上のユーザー向けサンプル画像を無償提供しており、突起物も自動で回避、塗り直しも可能だ。コロナ禍の終息を願ったり、地域を元気づけたりするメッセージを印刷するなど、社会貢献にも一役買った。トラック運転手の口コミで商談が広がるケースもあり、今後も事業拡大の可能性を秘めている。

 二つ目は、ガスボンベなどに印刷する「ボンベ印字事業」。ガス容器は、法律で5年周期の定期検査が義務付けられており、検査にパスすれば決められた印字が必要になる。レタロボ装置と呼ばれる機械の真ん中にボンベを設置すると、ボンベが回転し1本約45秒で最大同時5色印刷が完了する。

写真ガスボンベの印字装置レタロボ(出所)リコーデジタルペインティング

 そのシェアの高さは目を見張る。顧客である全国高圧ガス容器検査協会で、同社のレタロボ装置の国内シェアは80%を超えているという。日本では、地域によってはLPガスへの依存度が高い。大幅な拡大は期待できないとしても、人が生活する以上、無くなることはない。継続的な受注があるため、ある意味ストックビジネスと言ってもいいだろう。

 新規開拓の道も模索している。有力なのは海外展開だ。LPガスの需要がまだまだ根強い新興国などで販売ができないか検討中という。

受け継がれる「従業員が大事」

 今回の取材を通して感銘を受けたのは、業績拡大だけではない。エルエーシー社からリコーデジタルペインティング社に変わっても、岩本氏が従業員を大切にし、地域貢献を果たそうという「創業の志」をしっかりと受け継いで、実践していることだ。

 例えば、岩本氏が社長就任時、社員全員と面談を行ったところ、部署が違えば社員同士がお互いをあまり知らないということに気づいた。そこで、隔月での社内報発行を発案、自ら編集に携わり社員紹介などにページを割いている。

 従業員の働く環境改善にも余念がない。「昨年は照明を蛍光灯からLEDに取り替え、トイレの改修や社屋外装の塗り替えを行うなど大々的に手を入れた」と岩本氏。取材後、社内を案内してもらったが、従業員一人ひとりに声をかけ、自然に会話している姿が印象的だった。

「地域貢献」の理念

 何より驚いたのは、同社に定年がない点だ。本人が働きたければ何歳まででも可能。実際、高齢の女性パート従業員が、コネクタハーネスのハンダ付けに従事している。岩本氏は「われわれでも見えない微細な作業を匠の技でこなしている。会社への貢献度は大きいので、年齢一律で縛る意味を感じない」と口調に熱を帯びる。長く働いてもらうことで、結果的には地域貢献にもつながる。実際、入れ替えはあったものの、従業員数は46人を維持している。

 こうして見てみると、巷間(こうかん)叫ばれる人的資本やDX投資の重要性もさることながら、中小企業においては特に働く人の士気を高めなければ、統合効果を最大限発揮するのは難しいということを強く実感する。従業員の誠実さや勤勉さなど、人で成り立ってきた強みが日本企業の強さを支えてきたのは間違いない。グローバル化の潮流に乗ってきた大企業にとっても、地政学リスクの高まりでその流れが変調をきたし、国内回帰を模索する企業が増えている今、足元をあらためて見つめるいい機会なのかもしれない。


 筆者は2018年から、立体へのデジタル印刷技術を有するエルエーシー社(現リコーデジタルペインティング社)をリコーが買収するプロジェクトの一員としてPMO(Project Management Office)に参画、さらに株式譲渡完了後は19年まで、統合効果を最大限引き出すための財務・内部統制PMI(Post Merger Integration)チームのリーダーとして完全子会社化のプロジェクトにも携わった。
 中小企業を取り巻く経営環境が厳しくなる中、この会社がどのような変容を遂げているのかずっと気になっていた。そこで約4年ぶりにリコーデジタルペインティング社を訪問、同社幹部から中小企業が抱える経営課題とその解決策について生の声を聞いた。

写真写真トラックの車体に印刷されたメッセージ(出所)リコーデジタルペインティング

下大迫 正孝

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